【浄瑠璃や歌舞伎の題材にも】伝説の花魁「夕霧太夫」をご紹介!

江戸時代の伝説の花魁、夕霧太夫をご存じでしょうか。
今回は浄瑠璃や歌舞伎の題材にもなっている花魁、夕霧太夫についてご紹介します。
歴史に名を遺す希代の花魁!日本三太夫の一人「夕霧太夫」とは
夕霧太夫は吉野太夫、高尾太夫とともに三名妓に数えられる花魁の1人です。
「太夫」とは遊女の階級の中でも最も高い位で、なかでも夕霧太夫は大阪に800人以上いたとされる遊女のなかで最も美しい花魁と評されるほどでした。
容姿だけでなく芸事にも秀でた花魁でしたが、病にかかり27歳にして命を落とします。
大阪中の人々がその死を惜しんだと言われており、花魁・夕霧太夫がなくなった2月26日は「夕霧忌」として俳句の季語にも残っています。
歌舞伎や浄瑠璃にも!花魁・夕霧太夫を題材にした有名な作品を2つご紹介
若くして命を落とした夕霧太夫ですが、その美しさは人々に語り継がれ、夕霧太夫をモデルにした作品が数多く作られています。
代表的なものでは、以下の2つの作品が挙げられます。
- 夕霧阿波鳴渡
- 好色一代男
夕霧阿波鳴渡
「夕霧阿波鳴渡」は、江戸時代の浄瑠璃及び歌舞伎の名作者として名を馳せた「近松門左衛門」が執筆した作品です。
花魁・夕霧太夫の33回忌に当たる年に書かれ、数ある作品の集大成と評されています。
現代では「夕霧阿波鳴渡」を改作した歌舞伎の演題「吉田屋」、「廓文章」が上演されています。
好色一代男
花魁・夕霧太夫は江戸時代の文豪である「井原西鶴」の処女作「好色一代男」にも登場します。
作中において、夕霧太夫は「神代このかた、またたぐいなき御傾城の鏡」と書かれており、彼女がどれだけ美しかったのかが読み取れる一節です。
また、物腰が非常に柔らかく、魚や八百屋とも気さくに口をきく優しい性格でありながら、客が命を捨てる覚悟で口説いても道理を説いて遠ざかるなど、引き際も弁えていた理想の花魁として説明されています。
現代でも花魁道中が見られる!淨國寺の「花まつり」
出典:夕霧太夫について|夕霧さんのお寺「淨國寺」(大阪市天王寺区)
歌舞伎や浄瑠璃以外にも、花魁・夕霧太夫にちなんだお祭りがあります。
大阪にある淨國寺では、花魁・夕霧太夫が眠る墓所が残っており、4月の1周目の日曜日に「『花まつり』夕霧太夫行列」という花魁・夕霧太夫にちなんだお祭りが開催されています。
花魁・夕霧太夫や新造、禿などを含む大勢の行列が下町寺を練り歩く様は圧巻です。
また、花魁道中をゆったりと楽しめるお茶席が設けられているほか、人形劇なども上演されます。
小さいお子さんからお年寄りまで、幅広い年代の方が楽しめること間違いなしです。
花魁夕霧太夫の美しさは現代まで語り継がれる
今回は伝説の花魁・夕霧太夫についてご紹介しました。
亡くなった後も歌舞伎や浄瑠璃の題材になっているのを見ると、花魁・夕霧太夫の当時の人気ぶりがいかにすごかったのかが伝わってきます。
現代でも花魁・夕霧太夫にちなんだお祭りが春先に開催されているので、参拝に併せて淨國寺を訪れてみてはいかがでしょうか。
花魁は歌舞伎や浄瑠璃だけでなく、浮世絵や西欧の絵画にも影響を及ぼしています。
別の記事では、花魁を題材にした有名な浮世絵・絵画について解説していますので、気になる方はぜひこちらも併せてご覧ください。
【西欧の近代絵画に大きな影響を】花魁を題材とした有名な浮世絵たち
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