花魁と太夫の違いってあるの?現代とは違う女性の身分とは?

歴史の勉強や歴史ドラマで聞いたこともある花魁(おいらん)と太夫(たゆう)。

しかし、その違いについてはっきりと分からない方も多いはず!

そこで今回は花魁と太夫の違いと女性の身分の歴史についてご紹介します。

華やかな遊郭の代名詞。花魁と太夫の違いとは

花魁と太夫の違いは、次のように定義されています。

  • 花魁・・・高級遊女に対する呼称
  • 太夫・・・主に芸事をサービスする芸妓の最高位の称号

つまり、花魁は最高位の遊女に限定されている呼び名で、太夫は舞いや踊り、音曲や鳴物を極めた女性のことを指します。

太夫の名前の由来

太夫の名前の由来

太夫の由来は、出雲阿国の「歌舞伎踊り」を発端として始まった「おんな歌舞伎」で、「おんな歌舞伎」を演じた役者が江戸の初期の頃に「太夫」と呼ばれたのが発祥とされています。

もともとは古代中国の官制の中にあった「五位」のことを指します。

五位の者が儀式やそれに伴った芸能を司ったことから、神事や芸能に奉仕する神職や芸能人のことを太夫と呼ぶようになっていました。

しかし、なぜ江戸時代に女役者のことをそう呼ぶようになったのかは、現在でも明らかになっていません。

花魁の名前の由来

花魁の名前の由来

花魁の名前の由来は様々な説があり、一概には言えません。

ある説は、しっぽを使って人を欺く狸や狐とは違って、男女の駆け引きを使って客を欺くことから「しっぽがいらない」→「尾はいらん」→「おいらん」となったと言っています。

また一方では、禿(かむろ)や新造(しんぞう)といった現代で言うところの花魁の部下にあたる人からの呼びかけで、「おいらん」という廓言葉(くるわことば)が発祥となったとも言われています。

次はこのような身分がなぜ生まれたのかについて見ていきましょう。

当時と現在の女性の身分の違い

ここでは、当時の女性の身分がどのように扱われていたのかをご紹介します。

昔の女性の扱い

昔の女性の扱い

当時の女性は、基本的には家庭内での仕事しかできませんでした。

男は、戦や兵役、商人などの役職にはつけましたが、女性は「非力」とみなされていたため、家を守る仕事が課せられていました。

ですので、女性は職業を自分で選ぶことができなかったのです。

どういう人が花魁になったの?

 

どういう人が花魁になったの?

 

幕府などの役人以外の人民は、大変貧しい生活を強いられていました。

女性が、何かの職業につくことが難しかった時代。

その時代の女性は、「自分自身」で稼ぐ必要が出てきました。

そこで、お金がたくさん手に入る花魁や太夫を目指しながら、「芸」を覚えて、それで生活をしていました。

特に花魁は、貧しさのために借金を重ねていたところからは、幼い頃に借金のカタとして売られる方も多くいました。

また、売られた女性が脱走しないように、例えば吉原では吉原大門という、関所がある場所よりも内側に閉じ込められて生活をしていました。

もちろん、住むところや恋愛も自由にはできませんでした。

現在の女性の立場はどうなっている?

現在の女性の立場はどうなっている?

 

法律的な話になりますが、現在は憲法の下、女性に対して差別的な法律は定められてはいません。

また、住む場所を自由に決められますし、恋愛などの幸福を追求する権利もあります。

法律でも不当な差別に対しては規制がかかっており、女性だからという理由で不当に扱われることもなくなっています。

現代に花魁はいるの?

現代に花魁はいるの?

昭和31年5月に可決された「売春防止法」によって遊郭が廃止され、現在は花魁に該当する身分はありません。

かつて遊郭があった吉原は、現在は住宅となっています。

現在花魁は、着付けで体験するだけのものになりました。

華やかだけど悲しい歴史をもつ花魁の世界

花魁と太夫の違い、当時の女性がなぜ花魁になったのかについてのご紹介はいかがでしたか?

華やかなイメージがつきものの花魁ですが、実は悲しい歴史をもっています。

もっと花魁の歴史について調べてみようと思った方は、こちらの記事も参考にしてください。

豪華絢爛は嘘だった!知られざる花魁の”本当”の歴史