有名なものからマイナーなものまで。花魁言葉まとめ

花魁言葉というものを知っていますか?

遊郭の花魁だけが使っていた独自の言葉で廓詞(くるわことば)や里詞(さとことば)、ありんす詞(ありんすことば)などとも呼ばれています。

当時の三大遊郭として有名だったのは京都の島原、大阪の新町、江戸の吉原です。

花魁言葉はどの遊郭でも使われていたわけではなく、主に江戸の吉原で使われていたそうです。

今回はそんな花魁言葉を有名なものからマイナーなものまでまとめてみました。

どんな風に使っていた?気になる花魁言葉まとめ

花魁言葉を紹介する前に、なぜそのようなものが必要だったのか歴史の背景も含め紹介したいと思います。

江戸の吉原は日本最大級の規模で1000人以上の遊女が集められていたそうです!

女性たちは日本全国から集まって来たので、出身も違うことから話し方もそれぞれの訛りがありました。

花魁言葉は意思疎通をスムーズに行うための共通言語として必要だっただけではなく、吉原という場所で女性たちが出身や身分を隠し、非日常を演出するために生まれたとされています!

一人称

  • 「あちき」
  • 「わちき」
  • 「わっち」

これらはすべて自分自身を表す花魁言葉です!

最初の2つは花魁など身分の高い方、3番目は低い方が使ったといわれています。

それだけでなく、置屋によって特色を出すために使い分けていたともされます。

語尾

これも有名なので知ってる方は多いかもしれませんね。

  • 「です」→「ありんす」「ざんす」
  • 「ます」→「なんす」「まし」
  • 「ません」→「んせん」
  • 「ください」→「なんし」

先ほど紹介した一人称と語尾を組み合わせると、出身や身分がわからなくなるので、花魁を目指す女性からするとまず覚えたい使い方だったかもしれませんね!

いらっしゃいませ

お客さんが来たときに出迎える言葉ですが、花魁言葉では「おいでなんし」と使われていました。

現代の言葉遣いも時代とともに変わりますが、花魁言葉も時代によって変化がありました。

「おいでなんし」を例に見てみましょう。

  • 明和(1764年~1772年)「ゆきなんせ」「きなんせ」
  • 安永(1772年~1781年)「きなんし」
  • 天明(1781~1789)「おいでなんし」
  • 文化・文政(1804~1831年)「おいでなんしぇ」「きなんしぇ」

すべて同じ意味ですが、比べてみると変化がありますね。

私たちの時代と同じように、言葉が移り変わっていく様子は親近感があってはおもしろいですね!

花魁

この単語が一番有名ですよね!

でも、もともと花魁は一般的な表現ではなく、遊郭の内輪で使われていた隠語になります。

語源としては諸説ありますが、位の高い遊女には世話係の妹分がいたので彼女たちが「おいらんちの姉さん」と呼んでいたことから「花魁」という表現になり広まっていったとされています。

そして花魁と呼ばれることができたのは最高位の遊女だけで、吉原でも僅かしかいなかったそうです。

現代でも使われる花魁言葉

普通に使っていたけど実は花魁言葉だった!なんて言葉もたくさんあるので少しご紹介します。

日常に溶け込んでいるのである意味、マイナーなのかもしれませんね。

  • 「おてもと」→箸
  • 「あたりめ」→するめ
  • 「あがり」→お茶

どうでしょうか?

この単語はそのまま使っていたりして通用する方も多いですよね。

あとは「モテる」という言葉も花魁言葉だったんです!

「丁重に持て成される」ことから異性から人気があるという意味になったそうです。

現代でも同じように活用されていると思うと、なんだか不思議ですね!

遠いようで近い花魁言葉

200年以上前に生まれ、普段は馴染みのない花魁言葉。

ですが、知っていくと共通点が見つかりおもしろいと思います。

花魁言葉を時代ごとにまとめた記事もあるので、下のリンクから見れます!

中には今回紹介した花魁言葉よりマイナーな表現もあるので、自信がある方や興味がある方は、ぜひこちらも読んでみてください!

【廓言葉】あなたはいくつしってる?本当に使われていた花魁言葉