豪華絢爛は嘘だった!知られざる花魁の”本当”の歴史

華やかな衣装と美しい顔立ちで男性を魅了していた花魁。

そんな豪華絢爛な花魁の世界には隠された秘密がありました。

今回は知られざる花魁の世界についてご紹介します。

煌びやかな世界に隠れている真実。豪華絢爛な世界に潜む本当の歴史とは

一見煌びやかに見える花魁の世界ですが、その歴史や背景には闇の部分もあります。

今回は花魁の本当の世界や歴史についてご紹介します。

遊郭の歴史

遊郭の歴史

江戸時代には幕府公認の大きな遊郭街が3つあり、江戸の“吉原遊郭”、京都の“島原遊郭”、大阪の“新町遊郭”は三大遊郭とも言われています。

歴史としては、島原遊郭が一番歴史の古い遊郭です。

豊臣秀吉によって発展した遊郭の歴史ですが、1958年の買春防止法が施行され、300年以上続いてきた歴史に幕が下されました。

遊女になる背景とは?

遊女になる背景とは?

華やかな世界にいる遊女達ですが、その多くは借金の肩代わりとして遊郭に身を置く事となった女性達です。

親によって借金の肩代わりにされた女性は、幼女の場合だと7歳から8歳で身売りをされました。身売りの金額は生まれによってバラバラで、田舎の方だと現在でいうと40万円前後、武士の娘だと200万円前後で取引されていました。

遊女のヒエラルキー

 

 

遊女のヒエラルキー

 

 

花魁の世界には「花魁」や「太夫」と呼ばれる頂点の花魁がおり、その下に禿や新造といった見習いや下級遊女達がいます。

その厳然たるヒエラルキーの中では、彼女たちの待遇も大きな差がありました。

たとえば、花魁には豪華で大きな個室が与えられましたが、禿やその他の遊女たちは大部屋の相部屋で雑魚寝しかできません。

食事も売れっ子になれば豪華な出前を注文できましたが、売れない女性達は質素な食事で過ごしていました。

なかには空腹をしのぐためにお客が残した料理をこっそり隠しておき、後で食べた遊女もいたそうです。

遊女の最期

 

 

遊女の最期

 

 

花魁の夢は身請けをされて自由になることですが、花魁の歴史上ほとんどの遊女達は見受けされていません。(※身請け:身の代金をお客に支払ってもらい、遊女をやめること)

ただし、吉原の遊女は“苦海十年”といって、10代後半から20代後半までの約10年間勤めを果たせば自由になれる“年季明け”と呼ばれるルールがありました。

しかし、性病である梅毒にかかる遊女が歴史上は非常に多く、また他の病気や中絶によって体を壊すことも多かったので、多くの遊女たちは20代や30代で死亡するケースが多々ありました。
また、性病にかかった遊女は、病気の進行に耐え切れずに自殺するパターンも歴史上多かったようです。

華やかな花魁の歴史にある闇の世界

花魁の歴史はいかがでしたか。

華やかで豪華絢爛に見える花魁の世界の中には、必死にもがく花魁たちの闇の歴史もあり、たくさんの裏側があるようですね。

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